山海塾 SANKAI JUKU

Publié le par workshop45

USHIO AMAGATSU

KARA・MI

から・身

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山海塾の名前や活動はずいぶん前から知っていた。

しかし、ビデオ(TV)や雑誌では見た事はあるが本物を見たことがなかった。

それはある種の憧れであり恐怖でもあった。

見てはいけないもの。

見たら夢が消え失せてしまうのではないかと言う喪失感。

1964年辰年生まれの私が持つ60年代70年代への郷愁。

大人がうらやましくてしょうがなかった少年時代。

寺山修司の天井桟敷はとうとう見る事が出来ず大人になってしまった私。

「血は立ったまま眠っている」「家出のすすめ」「ノック」

なぜ私は40年代後半に生まれていなかったのだろうか。

などとアホな空想で疲れを回避する、ノスタルジックな昨夜を過ごした。

さて、今頃になってまた何故に山海塾なのか?

たまたま、前回事務所で騒いだ胡摩窪さんの友人パーティーでアキコさんが連れてこられた見香さんという方がいます。

彼女は私とはなんか、色んな事がシンクロしており面白い人です。

ちなみに、私と彼女の母親が髪結いだという事。

子供の頃にパーマ液の匂いを嗅いで育ち。

家の中にロレアルの最新ポスターが常に貼ってある。

 

 

 

 

他にも色々と共通点はあります。

というような、たわいもない事ですが。

非常に重要なのです。

そんなこんなで、見香さんから急に連絡があり、「山海塾」見に来ますか?

というお誘いでした。

でっ

「山海塾」最高でした。見香さんありがとう。

あんなに映像的だとは思いませんでした。

舞台なのに、客にクローズアップをさせてしまうと言う事です。

シンプル故に小さな動きだとか身につけているものが最大限の存在感を見せつける。

それを演出する舞台美術。

あたかも客はそこに自らの望遠を使い自分だけのクローズアップを試みたくなるような空間演出。

出演者は皆十分過ぎるほどの白粉を塗っている。

一番感動したのは、周りに踊っていた人々が舞台上でうつぶせになり眠りにつくようなシーンがある。

その中央に一人やってくる男。

ちょっとスピードのある動きをするたびにもやのように彼のからだから離れる白粉。

言葉などはいっさい無い、舞踏の一番幻想的な瞬間でもあった。

ちょっとでも気軽に触ると切れるような。

鍛冶屋が打ち続ける完成真近い刀のように。

熱く冷たい鉄のような舞踏。踊りのオートクチュール「山海塾」でした。

USHIO AMAGATSU

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