vol, 7 水俣 約100名 2カ所

Publié le par workshop45

水俣は前回、湯布院にいる平野さん(左上段)からすでに話しはあり、第二回は是非ともと言う事でお邪魔させて頂きました。エリックマリアの右側は加藤サン。一番右は真ちゃんです。

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私、出身が佐賀なので幼少の頃から水俣病に関してお話は聞いてました。

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しかし実際に水俣へ行った事が無く、水俣病に関しては殆ど無知の状態で、今回の水俣上映では色々な事を学ばせて頂きました。胎児性(小児性)水俣病患者、胎盤内に水銀が忍び込む話しなどです。水俣病が世界中で認められていたというのに、アメリカはベトナム戦争で枯れ葉剤を使用した話しなど、本当にとんでもない事が行われていたものです。

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ほっとはうすの加藤タケ子さんは現在いらっしゃる水俣病の患者さんたちは宝物だと言いました。彼らが今も生きている事を世界中の人に知ってもらいたい。彼らは被害者と言う枠を飛び出して今こそ世界へ出るべきであると言う事でした。いつかシャンゼリゼ大通りでみんなで踊りを披露しにいきたいそうです。今回の上映会、演奏と患者のみなさまや施設の皆様に楽しんで頂き、本当に考えさせられる大切な時間を過ごさせて頂きました。

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この下は水銀を含むヘドロを埋め立てて作られた場所である。

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こんなに奇麗な入り江も一昔前までは汚染されていました。

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水俣病(みなまたびょう)は、チッソが海に流した廃液により惹き起こされた公害病です。 世界的にも「ミナマタ」の名で知られ、水銀汚染による公害病の恐ろしさを世に知らしめ、なお、舞台となった水俣湾は環境庁の調査によって安全が確認され、現在では普通に漁が行われています。

環境汚染による食物連鎖によりひきおこされた人類史上最初の病気であり、「公害の原点」といわれる。(2009年9月4日朝日新聞)

1956年熊本県水俣市で発生が確認されたことがこの病名の由来であり、英語では「Minamata disease」と呼ばれる。この後、新潟県下越地方阿賀野川流域で昭和電工が起こした同様の公害病の病名も水俣病であることから、これを区別するために前者を熊本水俣病、後者を第二水俣病または新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)と呼称する。ただし、単に「水俣病」と言われる場合には前者を指す。水俣病、第二水俣病イタイイタイ病四日市ぜんそく四大公害病とされ、日本における高度経済成長の影の面となった。


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