vol. 8 京都 約105名
最終はやっぱり京都です。
京都の暑さは他よりも特別に暑いような気がする。タクシーを使い真如堂の裏門にある上野邸にたどり着く。上野さんの奥さんであるめぐみさんと息子の多呂伊、そしてじゅんみさん(めぐみさんの友人)が玄関で待っていてくれた。めぐみさんは以前よりも若返ったような気がする。多呂伊は大きくなっていた。この夏、遭難しかけたという上野一家の家族の絆に何か新たな歴史が刻まれたようだ。もうすぐ五年目に入ろうとする上の邸。私もいつかこのような家に住みたい。と思わせるような作りの家だ。主人である上野智男が東京転勤のため不在なので今までにない静けさが我々を迎えてくれる。
あっという間に過ぎ去ってしまった第二回『ご縁玉・プロジェクト』も今日が最後だ。
上野智男のおかげで、京都は私にとって特別な場所になっていく。色んな場所で色んな人々に出会い、「同じ思い」という素晴しいものをたくさん頂いた。あらためて、繋げて行くんじゃなくて既に繋がっているものを再確認して行く作業がこの『ご縁玉・プロジェクト』だ。その最終が京都であるのは必然である気がしてならない。新風館は素敵な場所である。
洒落たブティックに囲まれた吹き抜け空間の中心にある円形ステージ。すばらしい京人形を作っている関原サン(左)も駆けつけてくれました。
ここが第二回『ご縁玉・プロジェクト』の最終ステージである。不思議な出会いで出会わせて頂いた長澤さん。
今年の1月2日に無理矢理会って頂き、8ヶ月後には第二回『ご縁玉・プロジェクト』の最終である京都のオーガニゼーションをして頂く事になりました。本当に不思議な出会いです。流れを箇条書きにすると。
2002年。ロストロポーヴィッチのドキュメンタリーをNHKエンタープライズと共同制作したばかりで、フランス語圏でのドキュメンタリーの販売権利を所有する私の会社インターベイが当時フランス語版を制作するために音楽の分かるフランス人で日本語も話せる人材を捜していた。そこで知り合ったのがロバン。
上野段の一番左は溝口肇さん(チェリスト)その横がロバン。
下の段の一番右がサリュ。二人左が江口。
ロバン(チェリスト): フランス人で日本語が少し話せる。2002年、私の事務所でアシスタントをしていた。しかし、日本が好きで日本へ移住する。その後、東京で色々な仕事をしながら、アーティストシンガーであるサリュに見出され、彼女のバックバンドでチェロを演奏することになる。昨年は武道館でのコンサートを観に行った。
サリュ(歌手): サリュが持っているバンドでロバンがチェロを演奏している。2008年、ロバンが私に彼女を紹介してくれたおかげで、すごく仲良くさせてもらっている。サリュの友人で帽子デザイナーのノブキ君がパリに行くのでよろしく。と頼まれる。
日爪ノブキ: サリュの友人。帽子デザイナー。ノブちゃんはサリュの紹介で出会う。彼はパリで文化庁の文化芸術研修生という肩書きで2年間パリで修行をするらしく、2009年12月にパリに来る。彼と出会い、京都の長澤さんの事を知り、早速紹介して頂く事になる。写真左がノブちゃん。
長澤さん: そして、2010年1月2日第一回『ご縁玉・プロジェクト』の京都が始まる前日に長澤さんの事務所で合わせてもらう事になりました。
こういう経緯があり長澤サンと出会ったのでした。
これからも色々とお世話になりそうです。一つよろしくお願いします。